朝露が濡らす森、白ドレス姿の娘が先を急いでいる。
たくし上げた裾から覗くのは、ドレスと共布のシルクの靴。
息弾ませ、行き着いた場所は・・・・
懐かしさ満ちる樹木でつくられた小屋。
娘は靴音がしないよう、木のステップをそっと上り、鍵の開いた玄関から、家の中へ。
年老いた主が、森に向かって開かれたテラスのゆり椅子で、
やわらいかい光を掛け布団に、子どものように眠っている。
気配に気が付き、まぶたを開けると、びっくりしたように、
「今日・・・じゃったよなぁ、なぜ、ここに居る?」
「ええ、今日です。・・・だから、朝しかないと思って。
ひとめ、この姿をお目にかけたくて・・・」
厚みのあるシルク地は、光沢と張りがあり、
デコルテはダイヤモンド型にカット。
胸の刺繍以外、一切装飾がない・・・この地方の伝統にのっとった正統派ウェディングドレス。
年老いた者は、まばゆいものを見るように彼女に近づいたが、
胸の刺繍に目を留めると、その瞳を大きく見開いた。
光の陰影でかすかに浮き上がるのは、
唐草のステッチに囲まれた、船のイカリの模様にもとれる、象形文字のような紋章。
「先生の弟子であることを、胸に刻もうとおもって!」
いたずらっぽく笑うその顔は、ココに通いだした頃とちっとも変わらない。
・・・ココは彼女にとって特別な場所。
まるで本当の祖父のように慕い、この森の家に、幼い頃からずっと通いつづけてきた。
翁はケルト民族の末裔、この森から知恵を引き出すことに長けており、
彼の処方する薬草・ハーブなどを使って、困ってここを尋ねてくる人々を癒していた。
彼女は、彼の仕事を傍らで観ることを好み、翁も、そんな小さな弟子になんでも手伝わせながら、
彼の全てを惜しげもなく渡していた。
ある日、彼女の旅立ちに際し、
彼は「船のイカリの様な紋章」が彫られた木片を手渡す。
「わしの全てをお前は習得した、という証だよ」と、いいながら。
誇り高き家柄を置く場所に、深い森と一見縁遠い模様を縫いつけたドレスをまとう娘は、
両手を広げ、年老いた者を抱きいれる。
今や、背丈は逆転し、それはまるで、森をあとにする「白雪姫」と「こびと」の最後の抱擁のよう・・・。
この先をずっと照らしていくであろうこの一瞬を、いつくしむようにそっと抱き合うふたりを、
森の空気が、ヴェールのようにやわらかく包み込んでいく。
彼女と道具一式を乗せた馬車の連なりが、ウィーンへと続く道を進んでいる。
嫁ぎ先は、メイン通りから一本入った、大きな門構えの邸宅。
長く慕われ続ける名医のいる館として知られ、多くの人々がここを訪れている。
通りに面して2本の尖塔が建ち並ぶつくり。
右の塔では、優しげな面持ちの主人が、西洋的な診療をしているのが見える。
2つの塔を結ぶ、コの字型の邸宅奥には、のびのびとした庭が広がり、
その家の子どもたちを、侍女たちが手を焼きつつも、笑顔で追い回している様が展開されている。
そして、左側の塔では、
いつしか、白いエプロンをまとった彼女が姿を見せるようになる。
多くの婦人や子どもたちに囲まれながら、
ハーブや飲みやすく調合された粉を手に、絵を見せながら楽しげに語っている彼女。
そして、その窓辺には、
あの「イカリ模様の木片」が、清々しい風を受けて静かに揺れるのが見える。
(仙台すぴま、ある方の過去世ストーリーより)
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