おとといの朝方見た『夢』が、とっても面白かったのです!
夢の中で姉はバレーボールの強化選手で、バレーに打ちこんできた人だったんですけど、そんな姉と久しぶりに会ったときにね、話してくれたことがあったのです。(※現実の姉はバレーボール選手ではありません・笑)
姉:「これまでバレーの邪魔になると思って、他のスポーツには手を出してこなかったんだけどね、マラソンはちょっとはバレーのためにもなるかなって思ってね、走ること、始めたのね。バレーに比べて走ることは趣味に近かったからリラックスしてたんだろうね、試しにマラソン大会に出たら、いきなり入賞しちゃって!ひゃ~わたし走るの得意なんじゃん!って思いながら走ることに夢中になってたら、最近、バレーの試合でもいいパフォーマンスが出せるようになってね、この間、わたしたちのチーム、とうとう優勝しちゃったんだよ!わたしね、ずっと長い間、2つに手を出すとどっちも中途半端になるって思ってたんだけど・・・違ったわ!」
わたし:「うわぁ~すごいね、その話!」
・・・って、夢の中でわたしも目を輝かせて聞いていたんだけど、これはいい話だなぁと思って、夢から覚めたとき忘れないようにすぐメモしたんです・・・
そうしたらね、なるほど・・・そういうことなのかと、いろんなことに合点がいったんです。・・・よかったら、その気づきを聴いてもらえますか?
何事も「深刻」になって、いいことはないよね。
以前、姉から・・・(現実の姉からね♪)
「のんちゃんのサイトのプロフィール読んだけど、『家庭人と舞台人』・・・どちらも自分の活動として謳っているところがいい。あえて2本立てと言い切っているところが潔いよ」と、言ってもらったことがあったんです。
へ~、そんなところに目を留めて評価してくれるのかと、なんだか嬉しくって、妙に印象に残るセリフだったんですけど・・・
もともと、このプロフィールを書いた10年前って「今は2本立てだけど、将来的には一本に絞れたらいいなぁ」って、どこかで一本化することを目指していたように思うんです。そっちの方が「より一人前」というか、大人の活動の仕方なんだろうなぁと、思い込んでいたところがあってね・・・
でも、ここ2年くらいかな?・・・「いやいや、2本立てこそがわたしの人生なんだろうな。わたしにとってはどっちも大事だから。わたしの場合、一生、一本に絞れなくっていいんじゃないかな」って、思うようになってきたところだったんです。
一つの世界に執着して没頭するよりも、2つの世界を持っている方が、相乗効果で両方とも上がりやすいんじゃないかと・・・夢の中の姉の話を聞きながら、深く頷けたんですね。
一つのことに打ち込んでいると、どうしてもシリアスになりがちですよね。没頭するればするほど、苦しくなってくることもある。でもそんなとき遊びを入れると、その遊びの世界に没頭している間にもう一つの世界からは抜け出せるから・・・硬くなっていたものがふわっとほどける。
姉ほどストイックではないにしても、わたしもね、ひとつの事に向き合っているとつい集中しすぎてしまうというか・・深刻になりやすいタイプだったんじゃないかと思うんです。
振り返ると、10年前のわたしは『子育て』という活動の方が責任が重かったというか、思いつめやすい世界の中にいたんだと思うんですよね・・・
そんなとき、『チャネリング』という表現活動をはじめたわけです。この活動は気晴らしというか、わたしにとっては『趣味』でしかなかった・・・
人と会ったり、全国を飛び回ったり・・・実際、入るよりも出るお金の方が断然多かったし・・・。でもさ、本来『趣味』って、お金がかかるものでしょ?(笑)
スポーツだって、旅行だって、学ぶことだって、自分の表現活動の発表会や作品の個展を開くのだって、どんなものでも『趣味』だったら、お金を払ってやるものじゃない?だから、お金が出ることをぜんぜん気にしなかったんだよね・・・
趣味だからこそ、採算なんて考えていないわけ。好きなことに時間とお金と労力をかけたい・・・それが生きているってことだし、活きること自体が=活動だしね♪
一方、採算を考えてしまうのは、仕事だよね。
もしも、わたしが『チャネリングの活動』を仕事としてやっていたとしたら、この10年、こんなにも動けていないと思うの、あんなに全国飛び回ってなんてない、あんなにお茶会開いてない(笑)、だって、採算なんて取れないもの♪
でもね、趣味として活動していたからこそ・・・うまく行こうが行くまいが関係なく、ただただ楽しかったんだと思うのね。お金も、労力も、情熱も、時間もかけまくって出しまくって!・・・でも、その活動こそ、大いに輝いたよね。リラックスしてやってきたからこそ、結果も出たんだと思うしね・・・♪
物事なんでもそうなんだと思うんだけど、リラックスできなければ、本当の力なんて出ないんですよ・・・。責任感を背負ってパワー出せるほど、物事は単純じゃ~ない。深刻に考えたり、責任を感じすぎてしまうと、うまくいくものも行かなくなっちゃうから・・・
今から思うとね、これでよかったんじゃないかと・・・しみじみ思うのです。
このとき発散した情熱は、そのときのわたしの本業(家庭を創ること)に、ものすごいエネルギーを与えてくれていたし、相乗効果でどっちもうまく回って行っていたんだと思うから・・・
結果、どちらも最大限に輝いたのは、どちらも「趣味化」(リラックス)したからだと思うのですよ・・・♪
「人を視る仕事って神経使って、大変でしょう?」って、ときどき人に心配されます。でも、大変になるときというのは、責任を取ろうと思っているときに感じる感覚なんだと思うのです。
きっと、そういうときって、本来『趣味』でいいチャネリングの活動が『仕事』になってしまっているときなんじゃないかな・・(人の人生の責任をとろうとしたら、そりゃ、つぶれますわ)
わたしはもともと、何か一つに没頭してしまいやすいタイプで、特に【仕事】と位置付けると、それが一番優先されてしまうところがあるように思います。もう一つの世界がないがしろになってしまうほど、【仕事】がメインになってしまって、やりすぎると苦しくなってしまう・・・
だからこそ、代わりばんこに【仕事】になったり【趣味】になったり、この世界が行き詰まると、もう一つの世界へ逃げる・・・という繰り返しで、無意識にバランスをとってきたんだじゃないかな・・・って。
例えば、『子育て』が仕事化してくると、『チャネリング』が趣味になって、反対に『チャネリング』が仕事化してくると、『子育て』が趣味のような楽しいものに映ってくる・・・
どちらもわたしの大切な活動なんですよね。どっちが上で、どっちが下ということでもなく、どっちが簡単で、どっちが難しい活動ともいえず、どっちが本業で、どっちが副業というわけでもなく・・・
ただ単に時期によって重きを置く業(活動)が変わってくるというだけで、どっちもあって相乗効果をもたらしていたんだと、今回の夢の中の姉の話から、深く納得することができました。
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ですからね・・・(これは一つの提案なんですが)
これから、『チャネリングの活動』をやってみたいと思ってらっしゃる方は、ぜひ【趣味】として手を出すことをおすすめします。遊びの延長、趣味の延長、好きなことの延長ではじめると、うまく行きやすいからです。
余裕や遊びがある世界の方が、力が抜けているからパワーも出やすく、伸びしろもある・・・。結果、どんどん伸びていきやすいと思うから・・・♪
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別の言い方をすると・・・
新しい畑を夢中になって耕している間に、もう一つの畑が休まって滋養が満ちてくるように・・・自分が今生、耕そう思ってる畑は、2つ3つ持っていていいんじゃないかと思うんです。
両方の畑から収穫物が獲れなくてもいいんです。一つの畑にはお金ばかりかかって、ぜんぜん実入りがなかったとしても、あなたの人生に2つの畑を持つことの意味は大きいと思います。
~これからの人生で必要なのは、副業ではなく、
『趣味』の世界なのだと、わたしは思っています~
思いっきりお金をかけられる世界を自分の中に持つってね、とっても「しあわせ」なこと。
・・・それが、生きてるってことなんじゃないかなぁって、思うから・・・
人生『2本立て』で、ちょうどいい。
来春の3月、「娘」がとうとう高校を卒業します。
それは、18年間注力してきた『子育ての活動』から離職するということで、わたしの人生を大きく占めてきた世界のひとつが閉じていくということ・・・
一つの畑を失って、一つの畑だけでやってこうとすると、きっとわたしはバランスを失うんじゃないかなと感じています。
2つの世界が必要なわたしにとって、次に必要になる世界は、新しい【趣味】なんだと思っています。『チャネリングの活動』が一つの柱として残るのだとすれば、もうひとつ没頭できる世界を見つけることが必須なんじゃないかな・・・
そして、その畑とは、すぐには実りを期待できない=はっきり言ってお金にならない(笑)、「趣味のような」「研究のような」世界なんだ・・・とも、うすうす感じています。
おそらくね、まだそのもう一つの畑が見つかっていないから、ここもと漠然とした「不安感」がわたしを襲っていたんだろうなぁ・・・
でも、焦る必要はないですね・・・だって、あくまで【趣味】なんですから・・・笑。これから、もうひとつ【仕事】を探すとなると、たしかに緊張感が走るけど、これからどういう遊びをしようかな?と考えるのなら、急ぐ必要はないですものね。
お金をかけてでもやりたいこと、時間と情熱と労力をかけてでもやりたいこと・・・。来年は、従事しているだけで満たされるような、そんな「新しい趣味活動」との出逢いに、今から静かに胸を弾ませています❤
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